成蹊大学茶道部は、昭和33(1958)年12月に成蹊大学茶道同好会として創立し、翌年12月に部に昇格しました。茶道部を創立したのは、政治経済学部11回(昭和37年3月卒業)の新島健、橋本昭夫、松永義明の同期3名でした。
茶道部創立の契機となったのが、成蹊学園職員が大久保宗碩(捨蔵)先生を師匠として活動していた「成蹊茶道会」の存在でした。この茶道会の活動を大久保先生の下で手伝っていたのが、当時成蹊高校生で、後に茶道部創立者の1人となる新島でした。新島は中学校から成蹊に入学し、園芸部で大久保先生と共に作業を行いその人柄に触れ、成蹊高校生になると本格的に大久保先生に師事し、茶道会の活動にも接しました。成蹊大学進学後もその関係が続いていく中、大学入学後に既知を得た同期の橋本、松永との出会いにより、大久保先生を初代師匠とする大学茶道部の創立に結実しました(顧問は関島久雄教授)。
大久保先生は、大正7(1918)年9月13日に池袋の成蹊中学校舎監・園芸科教員として奉職、中村春二先生の説かれた成蹊教育を実践し続けた先生で、先生を慕う学生が茶道部に集い、部員は学生茶道の稽古を通じて、成蹊精神・成蹊教育に触れました。大久保先生は幼少の頃から京都南禅寺で修行され、その時に学んだ宗徧流茶道を基本に教えられました。
<歴代師匠>
初代:大久保宗碩(捨蔵)先生 成蹊学園教員
二代:岩田宗龍先生 宗徧流正伝庵家元
三代:岩田宗玹先生 宗徧流正伝庵家元
<流派の説明>
成蹊大学茶道部の流派は、宗徧流(そうへんりゅう)の茶道です。
千利休の孫の千宗旦の三男、四男、次男が三千家と呼ばれる表千家、裏千家、武者小路千家をそれぞれ興しますが、千宗旦には宗旦四天王と呼ばれる高弟4名(山田宗徧・杉木普斎・藤村庸軒・久須見疎安)がおり、その中の山田宗徧により江戸時代初期に開かれた流派が宗徧流です。現在は宗徧流正伝庵十六世の岩田宗玹家元に茶道部の師匠としてご指導いただいています。
※流派の詳細は「宗徧流正伝庵」のこちらのホームページを参照ください。
